11月16日の投稿で解説したとおり、風適法はパチンコに一定の射幸心をそそる性質があることを前提に、それを刑法で禁止される「賭博」と明確に区別し、その営業を認めている。
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/774267.html

その中で最も重要なポイントとなるのは、パチンコが遊技業である限り「技術をもって遊ぶ」ことが主目的であるべきで、そこから得られる様々な結果はあくまで副次的なものでなければならないという点である。パチンコ店はその関係が逆転してしまうような著しく射幸心をそそる営業を行なってはならないし、遊技機はその射幸性(射幸心をそそる度合い)において、一定の基準を超えてはならない。このように考えると、パチンコ業における「射幸性」という概念は、その業の存在そのものを定義づける非常に重要な概念であることがわかる。

一方、それと比較してカジノというものを考えた場合、射幸性という概念はパチンコ業におけるそれほど重要ではないことがわかる。そもそも「賭博」として定義づけられるカジノにおいて、その営業や各種ゲームが射幸心をそそる性質を持っているのは至極当然のことである。あくまで「遊技」であらなければならない遊技業とは異なり、プレイヤーの主目的が「遊び」にあるか、もしくはその「結果」にあるかと線引きする事はそれほど意味を持たない。諸外国のカジノゲーム規定はそういった要素よりも、むしろ「ゲームとしての公平性」に重点をおいて制度設計が行なわれるのが一般的だ。

現在の我が国におけるカジノ法制論議ではこの辺りを混同して、カジノ業の中に遊技業における射幸性論議のようなものをそのまま持ち込もうとする向きもある。しかし、私はそれは完全に間違ったアプローチだと考える。一度、基本に立ち戻って「遊技とはなんたるか」「賭博とはなんたるか」という基本的な部分の再確認をすることが必要だろう。

私は、これを突き詰めてゆくと最終的には我が国におけるゲーミング産業の再点検に繋がると考えている。カジノ、パチンコ、公営賭博(ひょっとするとゲームセンターも)。我が国のゲーミング産業はそれぞれがバラバラの統制システムの下で動いているが、もう少し一体的な運用が行なわれても良いはずだ。