つづき
入場料を課す業態の代表格といえばテーマパークであるが、例えば皆さんがディズニーランドを訪れる際のことを想像して欲しい。
現在、東京ディズニーランドの入場料は5,500円、年間の入場パスが40,000円である。いまさらあえて説明するのもおかしな話だが、この入場料は1日何時間園内で過ごそうとも変わることがなく、年間パスにおいては年間でどれだけ施設を訪れようともその料金が変わることは無い。このような料金システムの下で入場料を支払った場合、皆さんはどのような消費行動を起こすだろうか?
その答えは毎日、朝のディズニーランド前で見られる。ディズニーランドでは、朝一番で駆けつけた入園客が必ず開園前に列を作り、先を争ってアトラクションを体験する。朝の開園から夜の花火が打ち上がるまで、せっかく5,500円の入場料を支払っているのだからそれを目一杯楽しもうとする。逆に、5,500円を払って1,2時間でディズニーを立ち去る入場者は、よほどの変わり者であろう。
年間パスに関しても基本的に同じ。4万円の支出の元を取るために、足繁くディズニーを訪れるというのが当たり前の消費者心理である。
◆
ディズニーの場合は別にこれで問題ない。しかし、同じような消費者心理がカジノの入場料に向けられた場合はどうだろうか? カジノというのは自ら適正な予算を設定して娯楽の範囲で楽しむべきものであり、自分が設定した予算が無くなってしまえば「なんだー残念」と舌打ちしながらもそこから立ち去るのが有るべき姿である。全体のうちの殆どの消費者は、健全なる娯楽としてそうやってカジノゲームを楽しんでいる。
しかし、そこにもしテーマパークのケースと同様の「入場料の元を取らなければならない」という異なった価値観が持ち込まれたとき、その消費行動がどのように変化するだろう。消費者が、自分が設定した予算を超えてしまっているにも関わらず、「入場料の元を取る」ために必要以上にカジノに滞在してしまうことはないか? 「せっかく年間パスを買ったのだから」という理由で、必要以上の頻度でカジノを訪れてしまう事はないか? カジノへの入場料の設定は、本来ならば正しい消費行動を行なうことができるはずの消費者に、間違った消費行動を起こさせてしまう可能性のある危うい制度であると私は考える。
カジノゲームというのは、やりたい時に自由に参加でき、止めるべき時に自由に離脱できるのが最も健全な「有るべき」姿であり、それが過剰なギャンブルを助長しない理想的な制度の在り方である。ましてや「元を取ろう」などという考え方は、カジノにおいては最も危険な思考である。我が国のカジノにはそのような発想を消費者に抱かせうる要素は、1ミリたりとも持ち込ませるべきではない。
カジノへの入場料制の採用は、そもそも論として間違った依存症への理解から発想された制度であるというのは以前の投稿で論じた通りであるが、それ以上に入場料制は健全な消費者の消費行動にまで影響を与えうる完全に間違った施策である、これが専門家としての私の主張である。
つづく
入場料を課す業態の代表格といえばテーマパークであるが、例えば皆さんがディズニーランドを訪れる際のことを想像して欲しい。
現在、東京ディズニーランドの入場料は5,500円、年間の入場パスが40,000円である。いまさらあえて説明するのもおかしな話だが、この入場料は1日何時間園内で過ごそうとも変わることがなく、年間パスにおいては年間でどれだけ施設を訪れようともその料金が変わることは無い。このような料金システムの下で入場料を支払った場合、皆さんはどのような消費行動を起こすだろうか?
その答えは毎日、朝のディズニーランド前で見られる。ディズニーランドでは、朝一番で駆けつけた入園客が必ず開園前に列を作り、先を争ってアトラクションを体験する。朝の開園から夜の花火が打ち上がるまで、せっかく5,500円の入場料を支払っているのだからそれを目一杯楽しもうとする。逆に、5,500円を払って1,2時間でディズニーを立ち去る入場者は、よほどの変わり者であろう。
年間パスに関しても基本的に同じ。4万円の支出の元を取るために、足繁くディズニーを訪れるというのが当たり前の消費者心理である。
◆
ディズニーの場合は別にこれで問題ない。しかし、同じような消費者心理がカジノの入場料に向けられた場合はどうだろうか? カジノというのは自ら適正な予算を設定して娯楽の範囲で楽しむべきものであり、自分が設定した予算が無くなってしまえば「なんだー残念」と舌打ちしながらもそこから立ち去るのが有るべき姿である。全体のうちの殆どの消費者は、健全なる娯楽としてそうやってカジノゲームを楽しんでいる。
しかし、そこにもしテーマパークのケースと同様の「入場料の元を取らなければならない」という異なった価値観が持ち込まれたとき、その消費行動がどのように変化するだろう。消費者が、自分が設定した予算を超えてしまっているにも関わらず、「入場料の元を取る」ために必要以上にカジノに滞在してしまうことはないか? 「せっかく年間パスを買ったのだから」という理由で、必要以上の頻度でカジノを訪れてしまう事はないか? カジノへの入場料の設定は、本来ならば正しい消費行動を行なうことができるはずの消費者に、間違った消費行動を起こさせてしまう可能性のある危うい制度であると私は考える。
カジノゲームというのは、やりたい時に自由に参加でき、止めるべき時に自由に離脱できるのが最も健全な「有るべき」姿であり、それが過剰なギャンブルを助長しない理想的な制度の在り方である。ましてや「元を取ろう」などという考え方は、カジノにおいては最も危険な思考である。我が国のカジノにはそのような発想を消費者に抱かせうる要素は、1ミリたりとも持ち込ませるべきではない。
カジノへの入場料制の採用は、そもそも論として間違った依存症への理解から発想された制度であるというのは以前の投稿で論じた通りであるが、それ以上に入場料制は健全な消費者の消費行動にまで影響を与えうる完全に間違った施策である、これが専門家としての私の主張である。
つづく