「IOCがeスポーツの公式競技化を検討」とする報道がなされ、混乱を生じ始めています。その原因はオリンピック委員会が考えるeスポーツと一般的に言われる(もしくはゲーム業界が考える)eスポーツの定義に大きな隔たりがあるから。今回の論考は、専門の立場から現在の混乱の原因を解説したいと思います。
〇eスポーツの定義捉え方の違い
2015-16年あたりにしきりと言われた「eスポーツ元年」という呼称を前提とするのならば、我が国でeスポーツという用語が使われるようになってはや7-8年となります。登場当初はゲーム愛好家内でも「ゲーム大会といえ」的な批判を浴びていたeスポーツですが、そろそろ一般にもその用語が定着し始めています。改めて、その用語の定義をするのならば「ビデオゲームを競技化したもの」というものになるのでしょうか。
このeスポーツの五輪への採用検討は2017年あたりからIOCにおいて検討が始まり、それが「スポーツ足りえるのか」の論議が慎重に行われてきました。一方で、実はこの論議当初からIOCの立場は非常に明確であり、IOCが認める「eスポーツ」とはあくまでリアル側の競技が前提となりながら、それがビデオゲーム化されたものであるといこと。IOCはこれをバーチャルスポーツ、もしくはスポーツシミュレーションゲームという一般的にいうところの「eスポーツ」とは異なる概念でカテゴライズしています。
また、IOCはオリンピックで公認されるeスポーツの条件として、あくまでそのルールをゲームパブリッシャーではなくリアル競技側の各国際競技連盟が主導的に整備をするものと定めています。逆にいうと、リアル側に対応する国際競技連盟が存在しえないゲーム種においては、少なくとも現行のIOC方針の元では五輪の公式競技として認められることはない、ということになります。
〇2023年オリンピック・eスポーツシリーズ
この様な、一般とIOCの間にある「eスポーツ」の捉え方の違い。それを象徴するのが今年6月にシンガポールで開催されたオリンピック・eスポーツシリーズと呼ばれるIOCが五輪公式大会とは別に主催をしたeスポーツ大会であります。当該大会において公式競技とされたのは、アーチェリー、サイクリング、射撃、セーリング、ダンス、チェス、テコンドー、テニス、モータースポーツ、野球の10競技。前出の通り、あくまでリアル側で競技が存在しており、それをビデオゲーム化したもの。しかも、国際競技連盟がそのルール主幹を務めるもののみが競技として採用されました。
各競技の中には、アーチェリーの様にほぼオリンピック・eスポーツシリーズの為に新規で開発されたと言っても良いゲーム種もあれば、野球競技として採用された日本のコナミのパワフルプロ野球、モータースポーツ競技として採用されたこれまた日本のSIEのグランツーリスモなど、商用で一般に流通しているタイトルまで幅広く採用が行われています。但し繰り返しになりますが、あくまで各ゲームのパブリッシャーはソフトウェア協力をしているだけという定義であり、各競技はそれぞれの国際競技連盟が主体でコントロールするものとして開催が行われました。
〇フォートナイトの怪
中でもそのIOCの方針が「とても象徴的に」現れたのが射撃競技として採用された「フォートナイト」であります。フォートナイトは、米国のゲームパブリッシャーであるエピックゲームスが提供する複数人のプレイヤーが「生き残り」をかけて銃器で戦うバトルロワイヤルゲームであります。しかし、オリンピック・eスポーツシリーズの中では、プレイヤー同士で撃ち合うという元々の「フォートナイト」のゲーム様式は排除され、あらかじめ設置されたコースを「フォートナイト」特有の「建築」を利用しながら移動しながら、銃器で標的を撃つというタイムアタックゲームへと「お色直し」が行われました。このルールの設定に関しては、射撃競技を統括する国際団体「国際射撃連盟」が監修しています。
逆に言えば「フォートナイト」が提供するバトルロワイヤルというプレイヤー同士が撃ち合うというゲーム仕様は、IOCが「五輪精神に反する」としてeスポーツ導入検討の初期の段階から批判の対象としてきた「キリングゲーム(殺し合いのゲーム)」そのものであり、フォートナイトを提供するエピックゲームスは、そのIOCの主張に基づいて「殺し合い」要素を封印してオリンピック・eスポーツシリーズに臨んだということになります。
〇各種報道で混乱が生じている理由
ここまで解説してきた通り、一般的に、もしくはゲーム業界的に「eスポーツ」と呼んでいるものと、IOCが「eスポーツ」として導入検討をしているものとの間には、大きな差が存在しているのが実態。現在、一部報道においてその辺りの混乱が起こっている原因は、その辺の整理がないままに「IOCがeスポーツを競技化検討」という報道がアチラコチラでなされ、実態を正確に表さないものとなってしまっているが故。その辺りは、この辺を専門とする私自身もそうですが、業界側に所属している人間がもう少し積極的に「正しい認知」を広めて行くことが必要ではないかなと思って居るところです。
少なくとも多くのゲームファンの皆さんが期待している「eスポーツの五輪採用」の姿と、現在、IOCが検討しているものの間には、大きな差異がある。まずはその点を前提に今後の論議を深めて行くことが必要となるでしょう。