さて、ラスベガスサンズ社の日本市場撤退表明から1日が明けました。本日のエントリは昨日の第一報の続きとなります。昨日のエントリを読んでない方は、以下リンク先から。

カジノ大手が日本撤退宣言、原因は制度不備
http://www.takashikiso.com/archives/10230047.html

私のところにも色んなメディアからコメントを求める連絡が入っておるところですが、改めて今日は「なぜサンズ社が日本カジノ市場を捨てたのか」に関して解説を致したいと思います。

その1:
このタイミングでサンズ社が日本撤退を発表したのは当然ながら、現在世界を覆い尽くしているコロナ禍の影響があります。日本国内でも同じ状況でありますが、レジャー観光産業はコロナ禍において最もダメージを受けている産業の中のひとつであり、カジノ産業も当然ながら例外ではありません。世界的に見ると最もコロナ禍からの回復が早かったマカオですが、カジノ営業自体は3月20日には既に再開しているものの観光客の戻りは遅く(周辺各国はまだ厳戒態勢が続いているので当たり前)、先月の域内総カジノ売上は対前年比で96.8%減という状態になっております。

サンズ社はマカオの他に米国、シンガポールの両国で統合型リゾートの展開をおこなっていますが、米国もシンガポールも未だ全カジノ施設が営業停止中の状態。両国では6月冒頭に向けた営業再開が検討をなされているものの、先行したマカオと同様に例え営業が再開したとしても直ぐに観光客が戻ってくるとも思えません。

この様な状況にあって、企業が行わなければならないことは手元にキャッシュを集めること。業界全体が、コロナ禍の影響がどれだけ続くのか判らない一種の「兵糧攻め」状態にありますから、とにかくまずは手元に「兵糧(現金)」を溜め込んで、今の状況をじっと耐え、乗り越きってゆける環境を作ることがまず求められるわけです。当然ながらその中で、将来に予定していた様々な投資計画の棚卸が必要であったからこそ、このタイミングでの「日本撤退」発表となったワケです。

その2:
とはいえ、未来へ先行投資は企業成長の原資であり、この様なコロナ禍にあっても全ての計画が白紙にされるワケではありません。そこには数あるプロジェクトの相対評価と取捨選択があり、その取捨選択の中で「日本市場」が切り捨てられたという事になります。

現在のラスベガスサンズ社の状況を言いますと、実は同社は現在、統合型リゾートの展開を行っているシンガポール、マカオの両市場において、大きな追加投資を求められている状況にあります。シンガポール政府は、2022年から同国内の統合型リゾートに賦課するゲーミング税率を引き上げることを発表していますが、同国内の統合型リゾート業者は約3,700億円の追加投資を行なった場合、その増税に対して一定の減免措置を受けることが出来るとされています。このゲーミング税率引上げとその条件付き減免措置は、日本におけるカジノ合法化と統合型リゾートの創出を完全に念頭においた、シンガポール政府による国際投資誘因戦略の一環であるわけですが(詳細に関しては以前解説したのでコチラの記事を参照)、いずれにせよサンズ社としては既に統合型リゾートの展開を行っているシンガポールにおいて大規模な追加投資を迫られているワケです。

一方のマカオですが、実はサンズ社がマカオで保有しているライセンスの有効期限が迫って居まして、2022年にマカオ政庁によって行われるライセンス再入札で勝利をしなければ、同地域での統合型リゾート営業を維持できない状況にあります。当然ながらマカオ政庁はライセンスの再入札にあたって、応札企業側に相応の域内投資のコミットを求めてくるワケで、そこにも大きな資金需要が発生します。サンズ社としてはこの様に同期的に発生する複数の資金需要に対して、自らが持つ限りある資金調達能力をどの様に振り分けるのかに関して、まさに取捨選択を迫られているわけです。

その3:
その様な状況下において、決定打となったのが先のエントリでも言及をした日本の投資環境の悪さです。日本は先進諸国の中では数少ないカジノがまだ存在しない新規市場であり、その中で最大3という限られた数の施設営業しか認められないという意味で、非常に有望視されてきた市場であったのは事実です。一方で、その従前の高い市場評価に影を落としたのが、2018年に成立したIR整備法です。IR整備法では、他国でいうところのライセンス期間にあたる「区域認定期間」を世界的に見ると異例の10年(しかも建設期間も含めて)という超短期に設定、その他にも数千億から一兆円に迫ると言われた民間大型開発を誘致するにあたっては、常識的には有り得ない様々な制度上の不都合を抱えた法律として成立しました(その詳細に関しては以下のリンク先資料を参照)。

我が国のIR事業の制度的リスク要因とその補完手法に関する考察

先述の様に、今ラスベガスサンズ社はいつ終わるかも知れないコロナ禍の影響により手持ち資金を増やしてゆく必要に迫られる環境下で、同時に企業の持続的成長の為に必要となる多額の資本投下の準備を各国から迫られている状況にあるわけで、その中で制度設計上の不都合から相対的に投資効率が悪い日本市場からの戦略的離脱を行う判断をした。それが、同社による日本市場からの撤退宣言が今のタイミングで行われた理由であるわけです。

ラスベガスサンズ社の会長であるシェルドン・アデルソン氏は今回の撤退宣言にあたって「これまで日本市場参入の検討をしてきた中で様々な方々に出会え、良い関係を構築できたことに感謝しています。私たちは今後、日本以外での成長機会に注力する予定です。」とのコメントを同社のプレスリリースにて発表しています。