カジノ合法化に関する100の質問

日本で数少ないカジノ専門家、木曽崇によるオピニオンブログ

さて、今日はちょっと専門的な難しいお話をします。

我が国の統合型リゾート内に設置されるゲーミングエリアには面積制限があります。ゲーミングエリアとは、カジノ施設内のゲームの提供を主たる目的とするエリアであり、具体的には統合型リゾートの総床面積の3%以内でなければならないという規定。これは統合型リゾートが単純賭博施設ではなく観光施設であることを法的に担保する為、我が国がカジノ合法化と統合型リゾート導入にあたって参考としたシンガポールを参考にして作られた規定であるとされています。

この様にゲーミングエリア面積に上限を設けるにあたっては、当然ながらゲーミングエリアの面積算定の「基準」というものが必要で、実はこの点に関しては既に業界団体側でも詳細な論議が始まっている状況。しかし、この論議を深めて行くにあたって私が驚いたのが、このゲーミングエリアの算定の手法論に関して皆さんあまり厳密な論考をされていないのだな、ということであります。

ゲーミングエリアの算定の方式は基本的に1)減算方式と2)加算方式という2つの手法が存在します。減算方式というのは、まずザックリと統合型リゾートの中の「カジノ施設」の定義を定めた上で、その中から「厳密にはゲームの提供を目的として使われておらず、面積制限に含めるべきではないもの」を減じて最終的なゲーミングエリアの面積を算出するもの。これはシンガポールのカジノ法制が採用している手法です。シンガポールのカジノ管理規則ではカジノ施設とゲーミングエリア、そしてそれ以外の付帯エリアについて以下の様に定義しています。まずはカジノ施設の定義:


“casino premises” means the areas defined by a casino licence under section 51 of the Act for the conduct of casino operations, which shall be made up of gaming areas and ancillary areas;

カジノ施設とは、法51条のカジノライセンスによって規定されるカジノ運営を行うエリアであり、ゲーミングエリアおよび付帯エリアによって構成される。
(出所:シンガポールカジノ管理(レイアウト)規則第2条)


さらに同規則はカジノ施設を構成するゲーミングエリアと付帯エリアの定義を以下の様に定めます。


“ancillary area” means any of the following areas within the casino premises:
(a) major aisles, the maximum area of which shall not exceed such limit within any part of the casino premises as the Authority may, from time to time, specify;
(b) back-of-house facilities;
(c) any reception or information counter;
(d) any area designated for the serving or consumption of food and beverages;
(e) any retail outlet;
(f) any area designated for performances;
(g) any area designated for aesthetic or decorative displays;
(h) staircases, staircase landings, escalators, lifts and lift lobbies;
(i) toilets;
(j) such other area not intended to be used for the conduct or playing of games or as a gaming pit as the Authority, when defining the boundaries of the casino premises or on the application of the casino operator, may allow;

付帯エリアとは、カジノ施設内の以下のエリアを意味する。
(a)主要通路、カジノ施設内での最大面積は当局がその都度示す基準を超えてはならない
(b)バックオフィス施設
(c)レセプションおよびインフォメーションカウンター
(d)飲料および食品の消費および提供の為に指定されたエリア
(e)小売り店舗
(f)パフォーマンス用の指定エリア
(g)装飾品やディスプレイ用の指定エリア
(h)階段、踊り場、エスカレーター、エレベーター、エレベーターロビー
(i)トイレ
(j)ゲームプレイおよび実施の為に使われないエリア、およびカジノ事業者の申請書によってカジノ施設内で境界線が明示され、それを当局が認めた場合のゲーミングピット

“gaming area” means any area within the casino premises other than an ancillary area;
ゲーミングエリアとは、カジノ施設内の付帯エリア以外の部分である


上記をまとめると、シンガポールの法制ではカジノ施設を「ゲーミングエリアとその他付帯エリア」の2つに分類した上で、まず法令によって付帯エリアとして定義される施設を規定し、カジノ施設内で付帯エリアとして位置付けられていないエリアを全てゲーミングエリアと呼ぶという構造をとっているワケです。そして、このゲーミングエリアに対して統合型リゾート内での設置面積上限を設ける。このシンガポールの様な面積上限の設け方を私は個人的に「減算方式」と呼んでいます。

シンガポールの面積制限規定を参考としたとされる我が国のカジノ法制でも、この減算方式が使用されるという前提で論議を始める人が多いのですが、必ずしもその様な法制になるとは限りません。というよりも、法の規定に「正確に」沿った規定を設けようとした場合、日本の面積制限はこの減算方式であってはならないのです。日本のカジノ規制を定めるIR整備法では、この面積制限に関して以下の様に規定を行っています。


IR整備法第41条第1項第7号
申請認定区域整備計画に記載された特定複合観光施設区域におけるカジノ施設の数が一を超えず、かつ、当該カジノ施設のカジノ行為区画のうち専らカジノ行為の用に供されるものとしてカジノ管理委員会規則で定める部分の床面積の合計が、カジノ事業の健全な運営を図る見地から適当であると認められるものとして政令で定める面積を超えないこと。
(※下線は筆者)


日本のIR整備法では、政令で定める面積上限の対象を「カジノ施設のカジノ行為区画のうち専らカジノ行為の用に供されるものとしてカジノ管理委員会規則で定める部分の床面積の合計」と規定しています。要はシンガポールの法令が、全体カジノ施設の面積から「付帯エリア」として定義されるものを減算したもの全てを「ゲーミングエリア」と呼び面積制限の対象としているのに対して、日本のIR整備法は「カジノ行為区画のうち専らカジノ行為の用にきょうされるものとしてカジノ委員会規則で定める部分の床面積の合計」が面積制限の対象であるとしている。

この法律に「正しく」則るのならば、上記条文に基づいて制定されるカジノ管理委員会規則は「専らカジノ行為の用に供されるもの」と考えられる床の用途を具体的に指定した上で、それら床面積の合計を面積上限の対象としなければならない。要は、シンガポールの法令が「減算」を前提として設計されているのに対して、日本の法令は専らカジノ行為の用に供されるものと規定される床面積を「加算」してゆくことを前提にして法律が設計されてしまっているワケです。

この様にそもそも「シンガポールの面積上限規定を参考にして…」として作られた我が国のIR整備法が、シンガポールの制限の在り方とは異なる形で作られてしまったことが意図的なのか、もしくは事故的なのかは、この法文を起案した当時の担当役人しか判りませんが、少なくとも現状の法律が「この様に作られている」ことから我が国のIRにおけるカジノ面積制限は論議を開始しなければならない。

カジノ面積制限はシンガポール法制に則った減算方式が相応しいのか、我が国の法が規定する加算方式が相応しいのか。はたまた、どちらが「相応しいか」の議論の前に、現行法制の中でシンガポール式の減算方式を採用することが運用解釈上可能なのか? まずはこの辺りから論議を重ねて行く必要があります。

さて、以下時事通信からの転載。


IR開業20年代後半=基本方針、業者と接触制限―政府
https://trafficnews.jp/post/103023

政府は18日、カジノを含む統合型リゾート(IR)推進本部の会合を開き、最大3カ所の整備地域を選定する基準を盛り込んだ基本方針を決定する。現職国会議員の汚職事件を受け、公務員と事業者の接触ルールに関する項目を設けた。新型コロナウイルスの影響で、早ければ2020年代半ばを目指してきた開業時期は20年代後半にずれ込む見通し。

コロナ禍で訪日外国人観光客が激減する中でも、政府は30年に6000万人へ増やす目標を堅持。IRを観光振興の起爆剤としたい考えだ。基本方針の決定で、誘致する自治体は事業者と整備計画を作るなどの準備を本格化させるが、国内外でコロナの収束は見通せず、IR構想の先行きには不透明感が漂う。

我が国の統合型リゾート整備の方向性を定める「基本方針」が本日政府了承されるという報道。上記の通り、本来は今年の1月に公示される予定だったものが、昨年12月に発生したカジノを巡る汚職事件の発生で延期され、その後、今度はコロナ禍が発生したことでさらに先延ばしになり…で、およそ11カ月の遅れでやっと公示に至りました。

一方で、この基本方針の問題はその内容そのもの。方針決定が遅れたことによる全体の整備スケジュールの後ろ倒しや、コロナ禍の発生を受けた感染症対策に関する要件の追加などマイナーチェンジはありましたが、基本的に11カ月前に発表が予定されていたものと「ほぼ」内容は変わっていません。

特に個人的に問題を感じるのは、MICE施設に係る施設設置要件に全く変更が行われていない事。以下は今年7月に書いたエントリですが、観光業界の中でおそらく今回のコロナ禍の影響を最も大きく受けている分野の一つが、展示会や国際会議などを中心として行われるMICE観光の分野。

CEATECが示す「ニューノーマル」時代のMICE産業の姿
http://www.takashikiso.com/archives/10254725.html

MICE分野では、既にオンラインを中心とした展示会、国際会議等の開催に業界全体が完全に移行しています。私もこの数ヶ月の間に幾つものイベントに参加していますが、正直、何で今までわざわざ世界中から人が同じ場所に集まらなければならないようなリアル開催にこだわっていたのかが良く判らない位の利便性の高さ。実際に物品を手に取ることの出来るリアルの「強み」が働きやすい消費財系の展示会はまだ一定のリアル需要があるとしても、おそらく今後の国際会議などにおいては政府会合のような一種のセレモニー的な要素があるもの以外は、今後のコロナ禍からの回復如何によらず完全にオンライン、もしくはリアルとオンラインを併催するハイブリット型の実施が定着してゆくのは避けられないものと思われます。

結果として、今後のMICEイベントは必然的にリアル開催の規模も頻度も減って来ることは間違いないワケですが、日本政府は未だコロナ禍前の「大規模MICE誘致による観光振興」の旗印を降ろす気配がない。今回公示が為されるIR整備基本方針においても、業界専門家側からは散々「降ろした方が良い」と言われていた「大規模MICE施設の併設」という項目がIR整備の必須要件として未だ堅持されている有様。これから先、MICEイベントにおける施設需要が下がってゆくことは判り切っているにも拘らず、「国内最大級の」という旗印を掲げたMICE施設を全国3カ所も追加してどうするんだ、と。この国の観光政策はコロナ禍という、産業の存亡すら揺るがしている大きな災禍を受けても、未だ変わる事が出来ないのだなあ、と心からガッカリするしかないわけです。

もっというと、そもそも冒頭の時事通信の報道の中にあった「コロナ禍で訪日外国人観光客が激減する中でも、政府は30年に6000万人へ増やす目標を堅持」という部分自体も大きな疑問点。旧民主党から自民党が政権を奪還した前・安倍政権の成立以降、あらゆる産業分野の中で最も成長が著しく、また2030年までに訪日外客6000万人という壮大なる目標をかかげてきた我が国の国際観光政策でありますが、実は今回のコロナ禍の発生如何とは関係なく、専門家界隈では既に「達成は無理」というコメントが出ていた状況。

以下は、2000年から2019年までの訪日外国人客数の推移を示したグラフでありますが、一見してお判り頂ける様に、2011年から2017年くらいまで右肩上がりで増加していた訪日外客数が、ここ数年明らかに「頭打ち」になりその勢いが減退している事が判ります。要は、コロナ禍発生の如何に関わらず、日本の訪日観光産業自体は成長期から成熟期に完全に移行しつつあったわけです。

訪日外外客数2000-2019年(単位:人)

スクリーンショット 2020-12-18 095109
(出所:政府観光局発表数値を元に筆者作成)

だとするのならば、観光戦略も併せて転換して行く必要がある。観光客の「数」を求める時代は既に終わり、より収益性の高い観光客の「質」を求めるべきですし、日本のIR整備もその様な観光客の収益性を高めるための施策に移行すべきだって話は、私も含めて業界専門家側からは散々言われているにも拘らず、このコロナ禍を経ても未だ日本政府はかつて掲げた「大本営方針」を変えることが出来ない。IR整備の話は別にしても、ある意味、コロナ禍の「せい」にして達成不可能な誤った戦略を体よく改めるには絶好の機会であったにも関わらず、です。

かくして我が国日本の観光政策は、降ろすことのできない「大本営方針」に沿ったまま、ガダルカナル戦に向かって突入して行くのでありました。ここ数ヶ月何度も繰り返し申し上げていますが、この国の観光政策にはホント絶望しかない、としか申し上げようが御座いません。

GoToトラベルの全国一斉停止が報じられてから1日が経ちました。観光業界では各所から悲痛な声が挙がっています。例えば以下。


私自身はGoToトラベルという施策は、観光業界を「死なせない」為の一時的なカンフル剤でしかなく、どこかで必ず停止するもの。それに頼り続ける事は出来ないし、withコロナ期に適応した形に観光業界が根源的なところから変わってゆかなければ、観光業界自体が生き残れない、と。その様に繰り返し発信して来ました。

その為に必要なことは;
①感染の拡大と抑制を繰り返すであろうwithコロナ期に適応する為、近距離小グループの旅客でベース需要を確保しながら、遠方都市部からの大規模送客は感染抑制期のボーナス的な需要として享受する営業スタイルへの改革
②三密を避ける為に必然的に低稼働営業とならざるを得ないwithコロナ期において、最低限の利益を確保できるコスト構造の改革

この2つ。そして政府はGoToトラベルによるカンフル剤注入以上に、そういう観光業界の変容を裏支えしてゆく施策を重視してゆかなければならない。以下は7月のGoToトラベル実施前の私のエントリですが、ここに書いたことがそのまま記載されています。

GoToトラベル:変わらなきゃいけないのは観光産業
http://www.takashikiso.com/archives/10261280.html

一方で本当に「絶望しかない」と思えるのは、肝心かなめの政策側がそういう観光業界の変容の必要性を「我がこと」として理解していなかったということ。以下は今月12月3日に発表されたばかりの「感染拡大防止と観光需要回復のための政策プラン」と銘打たれた政策集です。12月3日というと、既に感染再拡大が始まり、札幌市と大阪市をGoToトラベルの対象外とすることが決定していた時期でありますがが、恐ろしいことに本政策プランには「感染再拡大」を前提とした施策が一つとして入ってないのです。以下、第41回観光戦略実行推進会議の資料から転載。

スクリーンショット 2020-12-16 073929

…でその後、感染再拡大は大阪・札幌に留まらず今回GoToトラベルが全国一斉停止したわけですが、観光業界が再び暗黒期に足を踏み入れることとなった現在地から、上記「感染拡大防止と観光需要回復のための政策プラン」を検証してみましょうよ。ハッキリ言って、上記政策集に記載された政策プランの中に、これから観光業界が再び直面する難局を救うものなんかビタイチありません。今年2月のコロナ禍発生から上記政策プランが発表される12月冒頭までの足掛け10カ月、観光業界が文字通り存亡の危機にある中でヒリ出された政策が、こんなクソの役にも立たない政策集であったという事実に、関係者はもっと怒りを持って臨まなくてはなりません。

世の中では現在、GoToトラベルの停止が遅すぎただとか、いや停めるべきではないとか、withコロナ期の観光施策の本質論とはかけ離れた角度からの論議が続いていますが、ことの問題は「そこ」にはありません。これまで何度も繰り返し申し上げ、そして何度でも繰り返しますが、感染症という疾病の性質上ワクチンが一般普及するまでの間、感染の拡大と縮小は必ず繰り返し起ります。即ち、GoToトラベルという観光業界を「死なせない」カンフル剤的な施策は「早い/遅い」の多少のタイミングの違いはあれど、必ずどこかで停止することが最初から前提の施策でありました。

重要なことは、そのGoToトラベルのブースト期間において、観光業界が次なる感染再拡大期に向けてどのような準備を積み重ねて来たのかであるわけです。業界がGoToトラベルによるブーストでお祭り騒ぎになっていたこの数ヶ月の間、政府すらも明後日の方向に向かって政策を切っていた中で、コツコツと準備を重ねて来た業者はこれからまた始まる観光業界の暗黒期を何とか乗り切ることは出来るかもしれませんが、GoToトラベルの注入でただ「ラリッてただけ」の多くの業者はこの冬を乗り切ることは難しいでしょう。皆さんの健闘を心から祈ります。

コロナ禍の折、ますますご健勝のことととお喜び申し上げます。さて昨日、政府よりGoToトラベルの全国一斉停止の方針が発表されました。以下、東京新聞より。


GoToトラベル、全国一斉停止へ 28日から1月11日まで 東京、名古屋は27日までも停止、自粛
https://www.tokyo-np.co.jp/article/74272
政府は14日夜、新型コロナウイルス感染症対策本部を首相官邸で開いた。感染拡大を受けて、菅義偉首相は、観光支援事業「GoToトラベル」について、「年末年始において最大限の対策を取る。12月28日から来月11日までの措置として、GoToトラベルを全国一斉に一時停止する」との方針を示した。
それ以降の扱いについては「その時点での感染状況などを踏まえ、あらためて判断する」と述べた。また札幌市と大阪市に加え、感染者数が増加傾向にある東京都と名古屋市については、12月27日まで到着分は停止、出発分の利用を控えるよう求める考えも明らかにした。


私自身はそもそも本「GoToトラベル」施策の実施の決まった、今夏の時点でGoToトラベルというのは「振り戻し」があるのが前提の施策として見ていたので、本件に関しては特に驚きは御座いません。以下、7月16日のエントリからの引用。



GoToトラベル:変わらなきゃいけないのは観光産業
http://www.takashikiso.com/archives/10261280.html

今回政府が取った「GoToトラベル」施策は、これまで地震や水害などの自然災害を受けて観光低迷した地域に対する支援策として使われてきた「ふっこう割」を下地としたもので、これまでの「ふっこう割」に関しては一定の効用があったと総括されています。ただ、今回のコロナ禍と依然の自然災害との違いは、自然災害は一旦被害が発生した後は基本的に経済回復に向かって上向いてゆくのみであるのに対して、今回のコロナ禍はいつ何時、再びパンデミックが始まるかは判らず、「回復」路線に乗るのは先述の通りワクチンの普及が終わった時のみということ。
(※下線は筆者)


一方で、上記エントリのタイトルにも表れている通り、私自身はこのコロナ禍にあたって必要なのは、GoToトラベルそのものの実施よりも、むしろ観光産業がこの産業の危機にあたって急速に変容してゆくことであり、行政はむしろその変化を強力に支援してゆくことが必要であると主張しておりました。また特にwithコロナ期を我々観光産業が何とか生きて乗り越える為に必要な施策として、私は以下の様なことも述べて来ました。以下、今年の7月28日のエントリから。


この国の観光政策には絶望しかないんだな、という話
http://www.takashikiso.com/archives/10266631.html

そもそも、常に感染拡大と隣り合わせで生きて行かなければならない「withコロナ」期は、ワクチンの開発/普及が終わるまで数年単位で明けないワケで、いつ感染拡大が発生して再び「自粛」に反転するか判らない遠方の大都市からの需要に、各観光地は頼ってゆく事はできないわけです。「withコロナ」時代の観光は、同一圏域内の近距離で発生する小グループ観光でベースの需要を確保しつつ、状況によって変わる大都市圏からの需要をボーナス的に受け止める様な営業スタイルに転換して行かざるを得ない
(※下線は筆者)


ここで私が述べた「同一圏域内の近距離で発生する小グループ観光」というのは、星野リゾートの星野佳路さんなどが「マイクロツーリズム」という非常にキャッチーなフレーズで世にアピールし、それこそ6月、7月あたりのマスコミではこの用語を見ない日がない程の一時的な流行語となりました。ところが、観光庁さまはそのマイクロツーリズムという概念自体を、自身でその後にまとめるコロナ期における観光施策の中で一切無視し、行政文書の中では見事にマイクロツーリズムの「マ」の字も出てこないという異常事態が発生しておりましたね。当時私はこれを「この国の観光政策には絶望しかない」と評し、以下の様に書きました。以下、上でご紹介したエントリの続きからの転載。


じゃあ、何でそういう本質的なお話が政府による戦略レベルで語れないのかというと、そういう近距離圏&小グループ観光に需要の軸足を移しましょうという話をすると、「俺達を一体どうしてくれんだ」と息巻く業者群が旅行代理業や公共交通業あたりにわんさか湧いてくるわけです。私はこういう業者群を、観光地側で営業を営む業者ではなく、そこに向かって旅客を「運ぶ」ことを生業としている業者群として「観光ロジスティクス」業者と呼んでいるワケですが、我が国の観光業界では伝統的にこの種のロジ側を担う業者の声が圧倒的に大きく、政府施策が常にそこに引っ張られるわけです。
(※下線は筆者)

そして、これらマイクロツーリズムの代わりとして、観光庁の皆様が「withコロナ期における観光振興策」として打ち出したのがワーケーションという、労働者が遠方観光地で仕事を行うという「謎施策」でありました。以下、GoToトラベルの開始にあたって今年の7月30日に行われた政府施策に関する報道。


政府 観光産業の回復に向けてワーケーションや休暇の分散化などに意欲
新しい旅行スタイル普及を目指す
https://www.yamatogokoro.jp/inboundnews/pickup/39343/

日本の観光の課題として、GW、お盆、正月休みなど特定の期間に一斉に休暇を取得することや、 1泊2日、2泊3日の旅行が8割を占めるなど宿泊日数が短いこと等による観光消費額の伸び悩みがある。大企業を中心にテレワーク等が普及し働き方の多様化が見られ、また、感染リスクを避けるため混雑を回避する傾向が生まれており、休暇の分散化に取り組む絶好の機会だと捉えている。
具体的にはGo to トラベルキャンペーンの広報の中で、感染リスクを避けるための休暇の分散化を呼びかける。テレワークを活用し、リゾート地・温泉地等で余暇を楽しみつつ働く「ワーケーション」や、出張先で滞在を延長し余暇を楽しむ「ブレジャー」などの新しい旅行スタイルの普及を図る。


この観光庁が打ち出したワーケーションという施策には全国自治体が飛びつき、6月・7月には「マイクロツーリズム」という用語が席巻していた観光業界が、その後「ワーケーション」一色になりましたね。11月には観光庁さま自身が、ワーケーション普及に向けて実証実験を行うなどという報道もなされましたが、その実績は如何でしたでしょうか?以下、日経新聞からの報道。


ワーケーション普及へ、観光庁 11月から実証事業
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65411580T21C20A0EA4000

観光庁は11月から、旅先で仕事をする「ワーケーション」の実証事業を始める。企業10社程度の参加を募り、受け入れ環境が整っている地域に仲介する。新型コロナウイルス禍で落ち込んだ旅行需要の回復に役立てる狙いだ。実証事業では仕事の生産性に関するデータを収集するなどして本格導入への課題を洗い出す。旅費の税務処理や、旅先でけがをした場合の労災の適用範囲など実務的なマニュアルも作成する。


不祥私めには、このコロナ禍に息も絶え絶えな観光業界を目前にして、やっと11月に実証実験が始まるというのは何とも気の長い話に見えてしまったわけですが、その辺はやはり優秀な頭脳の集まる観光庁さまでありますから、これから再び起こる感染再拡大期の対策として、この「ワーケーションの推進」なるものがさぞかし役に立つのでしょうね。書き入れ時である年末年始を失い、世の観光業者は文字通り「死の淵」に直面している状況でありますから、このワーケーションの推進なる皆様「肝入り」の施策が、お釈迦様が地獄に向かって吊るした一縷の「蜘蛛の糸」として機能する事を心からお祈りするところであります。

ということで聡明なる観光庁さまのお導きにより「マイクロツーリズムの振興」ではなく、「ワーケーションの振興」でここ数ヶ月のGoToトラベルによるブースト期を走り抜けて来た我が国の観光業界でありましたが、これから再び始まる感染再拡大期において我々は何を光明として生きて行けば良いのでしょうか。これは7月のGoToトラベル開始時に私が書いたエントリのタイトルでありましたが、改めてここで申し上げたい。この国の観光政策には絶望しかないんだな、と。

以下、神奈川新聞からの転載。


カジノ要件は「品位・清潔感ある空間」 横浜市が実施方針案
https://www.kanaloco.jp/news/government/article-332900.html

カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致を巡り、横浜市は11日の市会建築・都市整備・道路委員会で、IR事業者の公募条件などを定めた実施方針案を報告した。世界最高水準のIRを実現し、海外と国内各地をつなぐ“玄関口”となることを目標に設定。市民からの反発が根強いカジノについては、「品位と清潔感のある空間の演出」などを公募要件とした。


ということで、本来は今年の6月に公表予定であった横浜のIR整備実施方針が約半年遅れで公示となりました。政府は既に、来年の10月から翌年の4月にかけて都道府県等からのIR整備申請を受け付ける方針を発表しており、これから全国の誘致自治体の猛烈なレースが始まる事となります。

で、今回発表された横浜IR整備計画ですが、個人的に評価したいのはこの部分。以下は上記と同じ神奈川新聞の記事からの転載。


「施設面積の3%以下」と定められているカジノについては、未成年やファミリー層が主に利用する動線から分離。「エレガントで落ち着いた内装であり、非日常を感じられる大人の社交場としてふさわしいドレスコードを設けるなど、品位と清潔感ある空間を演出すること」とした。
(※下線部は筆者)


カジノのみに限らない話なのですが、日本のギャンブル業界では心の奥底に存在する「後ろめたさ」の現れなのか、ギャンブル施設を「家族も楽しめる」などとファミリー路線でアピールすることがしばしば見られます。我が国のカジノ合法化においては、IR整備法が衆院本会議に提出された2018年5月18日に行われた法案趣旨説明において、当時の総理大臣であった安倍晋三首相はこの法案を以下の様に説明しました。


第196回国会 衆議院 本会議 第28号
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=119605254X02820180522&current=7

内閣総理大臣(安倍晋三君) 鈴木馨祐議員にお答えをいたします。
日本型IRの実現に向けた決意についてお尋ねがありました。日本型IRは、国際会議場や家族で楽しめるエンターテインメント施設と、収益面での原動力となるカジノ施設とが一体的に運営され、これまでないような国際的な会議ビジネス等を展開し、新たなビジネスの起爆剤となり、また、世界に向けて日本の魅力を発信する、まさに総合的なリゾート施設であり、観光や地域振興、雇用創出といった大きな効果が見込まれるものとされております。
(※下線は筆者)


実は私自身は、カジノに限らずギャンブル施設はあくまで大人の為の娯楽施設であり、青少年を積極的に寄せる様な施策、すなわちファミリー路線を採るべきではないという論者であるのですが、一方で日本の統合型リゾートは上記の首相によって行われた法案趣旨説明に基づき、長らく「家族で楽しめる」がキーワードとして使用されて来たのが実態。それが、現在IR整備の実施方針を作成している各自治体の基本姿勢に受け継がれて来たのが現状であります。

ところが今回、横浜市は法案趣旨説明で行われた「家族で楽しめるエンターテインメント施設」というキーワードを維持する事は仕方がないとしても(それが国側で定められた方針なので)、一方で独自の理念として「カジノについては、未成年やファミリー層が主に利用する動線から分離」すべしとする方針を掲げた。この点に関しては、この道の専門家として高く評価をしたいと思います。

繰り返しとなりますが、カジノに限らずギャンブルを提供する施設はあくまで大人の為のレジャー施設であり、子供が積極的にそこに立ち入るような施策は慎まれるべきもの。青少年の皆様は、ぜひ大人になってから施設にご来訪を頂けたら幸いであります。

↑このページのトップヘ