カジノ合法化に関する100の質問

日本で数少ないカジノ専門家、木曽崇によるオピニオンブログ

昨日は日本の賭博産業の法的根拠について解説した。そうなると次に皆さんが気になるのが日本の遊技(パチンコ)産業の存在であろう。そこで、今日は我が国の遊技産業の法的根拠に言及してみたい。



遊技(パチンコ)産業は、読んで字のごとく「技術をもって遊ばせる」産業であり、我が国の法律では「賭博」と明確に区分されている。ただし、それは行過ぎてしまうと賭博になってしまう可能性があることは法的にも認知されており、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(通称:風適法)はパチンコ業種を「設備を設けて客に射幸心をそそるおそれのある遊技をさせる営業」(第2条1項7号)として、その営業に様々な制限を加えている。

ちなみに風適法はパチンコ店の定義の中で「射幸心」というあまりなじみのない言葉を使っているが、この単語を国語辞典で調べてみると以下のような説明が付けられている。

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しゃこう-しん ―かう― 2 【射幸心/射▼倖心】
思いがけない利益や幸運を望む心。
「―をあおる」
アクセント : しゃこう-しん 2

出所:大辞林 第二版
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/88020/m0u/%E5%B0%84%E5%B9%B8%E5%BF%83/
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パチンコがあくまで「技術をもって遊ばせる」ことを目的とした業態である限り、プレイヤーがその遊技結果に対して「思いがけない利益や幸運」を過度に期待するようなことがあってはならない。すなわちプレイヤー側のパチンコへの参加動機はあくまで「遊ぶこと」にあり、そこから得られる「結果」はあくまで副次的なものであるべきだという考え方である。遊技業は著しく射幸心をそそるような営業を行って、その関係性が逆転してしまうような営業を行なってはならない。



風適法ではパチンコ店の営業に対して様々な規制を掛けているが、特にそこで提供されるサービスが著しく射幸心をそそる営業とならないために大きく3つの事を定めている。これまた私特有のザックリとした解説になるが、

①賞品として現金や有価証券を提供することの禁止
②遊技への参加料金と賞品価格、およびその提供形態に対する制限
②「著しく客の射幸心をそそるおそれのある」遊技機の設置を禁止

この3点である。すなわち、この3点が維持されている限りは、少なくとも遊技営業が賭博の範疇には入らないという考え方である。


このテーマは少し長くなりそうな予感がするので、上記3点の解説は明日に引き続き行ないたい。


ここ数日の投稿で日本の賭博事業運営のあり方について言及しているが、皆様の中では「そもそも法律で賭博が禁じられてているはずの我が国においてなぜこのように沢山の賭博業態が存在するのか?」と素朴な疑問をお持ちになった方々もいらっしゃるのではないか?今回は、その点について少しまとめてみようと思う。

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我が国の刑法は以下のように明確に賭博を禁じている。

第百八十五条【 賭博 】
賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。
 
第百八十六条【 常習賭博及び賭場場開帳等図利 】
第一項 常習として賭博をした者は、三年以下の懲役に処する。
第二項 賭博場を開張し、又は博徒を結合して利益を図った者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
 
第百八十七条【 富くじ販売等 】
第一項 富くじを発売した者は、二年以下の懲役又は百五十万円以下の罰金に処する。
第二項 富くじ発売の取次ぎをした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
第三項 前二項に規定するもののほか、富くじを授受した者は、二十万円以下の罰金又は科料に処する。

上記条文に基づけば、我が国の刑法は競馬、競輪のような公営競技から、宝くじやナンバーズのような富くじ形式のものまで、すべての賭博を禁じている。しかし、それでもなお我が国でこれほど沢山の賭博事業が合法的に存在しうるのは、刑法に以下のような規定があるからである。

第35条【正当行為】 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

難しい専門用語を使えば「違法性阻却事由」と呼ばれるのだが、ザックリと解説すると、刑法とは別に作られた法律が刑法の定める「賭博禁止」という原理原則を上回る公益性があると認めた場合に限り、我が国では賭博行為が罰せられないということ。宝くじ、競馬、競艇など我が国で合法的に存在する賭博はすべて、その公益性を定めた特別な法律が個別に定められており、その範囲において合法的にそれを運営できるのだ。

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「我が国では刑法でギャンブルが禁じられている」

上記のような表現を好んで使う方がいらっしゃる。それはもちろん正しい。しかし、より正確な表現を使うならば以下のようなものとなる。

「我が国では、法でそれを上回る公益性が認められていない限り、刑法でギャンブルが禁じられている」

もし我が国でカジノを合法化するのならば、必ずその公益性を示す特別な法律を作る必要が出てくる。それこそが現在、民主党、自民党がそれぞれ個別に準備を進めているカジノ法案。そして、そこに期待される公益性は、以前の投稿で示したとおりだ。

「何故、いまカジノなのか?」
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/635275.html

ネットで調べものをしていたら、社会学者の山本哲士氏が日本のカジノ業界の現状にこのようなコメントをしているのを拝見した。

-----以下、引用-----

「ギャンブリング&ゲーミング学会:カジノの合法化へ」
http://hospitality.jugem.jp/?eid=502

沖縄、長崎、など地方から声はあがっているが、国家依存の自律性なき声上げである。これでは動かない。オーストリア側からの動きは、付設カジノをつくろうとしている、できるはずがない、カジノが文化であり、先導的経済であることを本体が実行しているのに、付帯施設にしようとしている、うごくはずがない。
統合リゾート型の浮いたはなし、付設型の経済主義、この2極で、カジノは現実化から遠のいている。地盤となる、3つの未熟さがこえられる指針がでていない。
当事者たち自身に当時性が不足している。全員がそうなっている、日本的だ。
立法がなされれば、地元から声があがれば、行政が決めてくれれば、石原都知事がオリンピックにいってしまったから、などなど。

賛助企業も、おこぼれのマネーをもうけられればとこざかしさでしか参加していない、リスクをおって作っていこうとしていない、立法だのみになっている、規則がつくられればそれに従属して、便乗してもうけようとしか考えていない。
人頼みだけが、ぷんぷんする。これでは、できない。

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同氏による非常に厳しい論調であるが、奇しくも私が11月2日の投稿で「このブログをはじめる理由」として述べたのと同じようなことが書かれていたので驚いた。(統合リゾートうんぬんの部分は少し私と考え方が違うが。)業界の外の人のほうが当事者達より状況が良く見えているのが非常に面白い。
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/cat_55155.html

私は「戦うカジノ研究者」として、この案件を決して人任せにはしない。同氏のブログを拝見し、決意を新たにした次第である。

昨日の投稿で公設民営を論じたついでに、本日は公営カジノ構想について。

2ヶ月ほど前、大阪の橋下知事が大阪カジノ構想を打ち出したというニュースが報道された。
http://www.sankei-kansai.com/2009/09/15/20090915-014642.php
これ自体は私の立場からすれば非常に喜ばしいことなのだが、そこで橋下知事は大阪のカジノは「公設公営」が良いと論じたらしい。しかし、専門家の観点からいえば公設公営の賭博運営には非常に難しい問題が付きまとう。



「公設公営」の賭博事業といえば、まず思い浮かぶのが伝統的な公営競技業界である。我が国の公営競技は高度成長期、バブル期を経て、非常に大きく成長した。当時建設された競技場は非常にお金をかけた重厚なものであり、また産業の成長に合わせてそこで働く労働者もかなりの数が雇われた。しかしその後、日本ではバブル経済が崩壊。低成長時代に突入し、公営賭博需要も急激に目減りした。

このような状況に陥った時、民間企業ならば施設規模の縮小や、人件費の圧縮などあらゆる形のコストカットで、低下した需要に見合ったサイズにまでとりあえず事業規模を縮小させる。いわゆる事業の縮小均衡化政策である。しかし、それが適わないのが公営競技の世界である。

当然の事ではあるが公営競技で働く労働者はその殆どが民間人ではなく公務員、もしくは公的な目的のために設立された特殊法人等に属する準公務員である。この彼らの給与や身分が日本の行政システムの中で強固に守られてきたのは皆様もご存知の通り。公営競技の世界でも同様に、競技場の経営状態がどれだけ悪くともそこで働く労働者をクビにしたり、給与減額をすることは難しかった。(もちろん業界側は減額のために一定の努力はしたと主張しているが)

ダブ付いた人員を喰わせてゆく為には、常に事業を拡大する方向で投資を行なうしかない。多くの公営競技は、バブル崩壊と共に需要が縮小する中で、巨大な観客用スタンドの建設や、マルチスクリーンの設置など、市場の実態に合わない無理な投資を続けざるを得なかった。現在、多くの公営競技が赤字となっているのは、バブル時代に肥大した事業を一端整理することなく、ズルズルと拡大路線をとり続けざるを得なかった公営賭博事業の構造上の欠陥にその原因がある。

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賭博を事業として我が国で認可するにあたって、確かにそこに「公共性」は不可欠である。しかし、賭博事業はいわゆる社会インフラとは異なり、常に消費者の需要や嗜好の急激な変化にさらされるサービス産業でもある。このような業態を「公」が完全に受け持つことは同時に、そこから生じる投資リスクや事業リスクを公が負うことを意味する。その結果が「赤字垂れ流し」と批判される、現在の多くの公営競技事業である。そのような公の負うリスクを最小化するために導入されているのが、昨日ご紹介した民間事業者への運営委託スキームであり、すべての公営賭博が公設民営に移行する中でカジノだけが公設公営を目指すなどというのは完全に時代の逆行になる。

まぁ、それ以前に産業出身の人間の立場からすれば、カジノで提供されるサービスは馬券の窓口販売と異なり、高度に訓練されたサービススタッフでなければこなせない。ディーラーやホストなどカジノサービスの中核を担うスタッフを準公務員の立場の方々がこなせるとは思わないし、個人的にそんなカジノに行きたいとは思わない。

11月10日の投稿で「公設民営」という少し特殊な業界概念をご紹介した。
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/644712.html
今回は、それをもう少し詳しく解説したい。

この公設民営という概念はUniversity of Nevada, RenoのWilliam Eadington教授などが唱えているカジノ分類手法の一つ。カジノに関する権能を、試行権(カジノの開設を決断し、その基礎的な運営方針を決定する権利)と運営権(カジノへの開発投資を行い、それを実際に運営してゆく権利)に分け、それを公(国、自治体)と民(企業)のどちらが負うかで実際のカジノを整理してゆくものだ。このように考えると世の中のカジノは以下の4つのどれかに分類されることとなる。

・公設公営
公が試行権と運営権の両方を担う形式。国や自治体がカジノの基礎的な運営方針を決定した上で、公金でカジノを運営する。

・公設民営
公が試行権を握りながら、その投資開発、運営を民間企業に委託する形式。国や自治体のカジノ施設に対するコントロールをある程度維持しながら、投資や運営などリスク部分を民間に負わせることができる。ただし、民間企業にコミッションとして収益部分から一定比率を支払う形となるので、公への収益配分は公設公営と比べて少なくなる。

・民設民営
民がすべてをコントロールするあり方。一般的な業界と同様に民間事業者が自由に事業を営むあり方。

・民設公営
民が施行権を握り、公がそれを運営するあり方。理論上はこのようなカジノもあり得るが、実際にこれを採用するカジノは存在しない。

現在、日本が目指しているカジノ方式はこのうち公設民営のスタイルである。

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このように解説すると非常にややこしく良く判らない概念のように感じるかもしれない。しかし、実は公設民営の賭博事業運営のあり方は我が国においては伝統的に存在しており、それほど珍しいものではない。その判りやすい例が「宝くじ」である。

我が国の宝くじ事業は、「当せん金付証票法」という法律を論拠に運営が行なわれているが、その当せん金付証票法では宝くじ事業の主体となれる団体を以下のように規定している。

第4条
都道府県並びに地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項の指定都市及び地方財政法(昭和23年法律第109号)第32条の規定により戦災による財政上の特別の必要を勘案して総務大臣が指定する市(以下これらの市を特定市という。)は、同条に規定する公共事業その他公益の増進を目的とする事業で地方行政の運営上緊急に堆進する必要があるものとして総務省令で定める事業(次項において「公共事業等」という。)の費用の財源に充てるため必要があると認めたときは、都道府県及び特定市の議会が議決した金額の範囲内において、この法律の定めるところに従い、総務大臣の許可を受けて、当せん金付証票を発売することができる。

読むのも面倒臭い条文だが、要するに宝くじを売ることが出来るのは都道府県と全国の政令指定都市のみとされている。しかし、皆さんが実際の宝くじを購入するとき、それが都道府県や政令指令都市から発売されているからといって、宝くじを買いに役所には行かない。街の販売所で宝くじを購入するだろう。実は、これが日本で伝統的に行なわれている公設民営の賭博運営の典型例である。

「当せん金付証票法」では、第6条に以下のように定められている。

第6条
当せん金付証票の作成、売りさばきその他発売及び当せん金品の支払又は交付(以下「当せん金付証票の発売等」という。)については、都道府県知事又は特定市の市長は、銀行その他政令で定める金融機関(以下「銀行等」という。)の申請により、その事務をこれに委託して取り扱わせる。

これも判り難いのでザックリとまとめると、都道府県や政令指定都市は宝くじ事業の実務部分を民間の企業に委託することができるというルールだ。我が国では伝統的に、この業務委託をみずほ銀行が受けており、みずほ銀行はこのルールに基づいて宝くじ事業の販売や換金などの運営実務を行っている。更に言えばそのみずほ銀行も委託を受けたその業務の一部を、他の民間事業者に再委託することが認められている。皆さんが街のいたるところで見かける宝くじの販売所の多くは、みずほ銀行から業務の再委託を受けた民間事業者である。多くは元々街でタバコ屋や酒屋などを営んでいた個人商店が業態転換をしたものであり、当然、各販売所の開業資金はそれぞれのタバコ屋のオヤジが負い、その投資リスクも100%各人が負う。販売所の経営が上手く行かず潰れたとしても、オヤジが泣くことはあっても公にその被害は及ばない。

このような公設民営の賭博運営のあり方というのは、宝くじだけではなくその他の我が国の賭博業態においても同じである。競馬や競輪をはじめとする我が国の公営競技では、2000年あたりを境に一気に各論拠法の改正が行なわれ、民間事業者への運営業務委託が可能となった。少し前に、ホリエモンさんが元気であったころのライブドアが群馬県の高崎競馬場を買収するなどというニュースが大きく報道されたことがあったのを覚えているだろうか?あれも、公営競技の公設民営化の一環だ。同様に現在経営難を抱える全国の多くの公営競技場は民間への運営委託に移行しようとしている。



世の良識派を自称する方々は「カジノ運営に民間が入ってきたら、必ず不正が蔓延する」「組織犯罪が入り込むに決まっている」などと民間運営を前提とするカジノ合法化を批判するが、それは完全に不見識である。私たちが街で毎日見かける宝くじにも、全国で毎週末に行なわれている公営競技にも、とっくの昔に民間企業による運営が導入されている。いまさら「民営だから危ない」などという理屈は成り立たない。公の適正な管理の下で運営が行なわれれば、そこにとてつもない社会悪が生まれるようなことはあり得ないのである。

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