カジノ合法化に関する100の質問

日本で数少ないカジノ専門家、木曽崇によるオピニオンブログ

昨日の投稿で公設民営を論じたついでに、本日は公営カジノ構想について。

2ヶ月ほど前、大阪の橋下知事が大阪カジノ構想を打ち出したというニュースが報道された。
http://www.sankei-kansai.com/2009/09/15/20090915-014642.php
これ自体は私の立場からすれば非常に喜ばしいことなのだが、そこで橋下知事は大阪のカジノは「公設公営」が良いと論じたらしい。しかし、専門家の観点からいえば公設公営の賭博運営には非常に難しい問題が付きまとう。



「公設公営」の賭博事業といえば、まず思い浮かぶのが伝統的な公営競技業界である。我が国の公営競技は高度成長期、バブル期を経て、非常に大きく成長した。当時建設された競技場は非常にお金をかけた重厚なものであり、また産業の成長に合わせてそこで働く労働者もかなりの数が雇われた。しかしその後、日本ではバブル経済が崩壊。低成長時代に突入し、公営賭博需要も急激に目減りした。

このような状況に陥った時、民間企業ならば施設規模の縮小や、人件費の圧縮などあらゆる形のコストカットで、低下した需要に見合ったサイズにまでとりあえず事業規模を縮小させる。いわゆる事業の縮小均衡化政策である。しかし、それが適わないのが公営競技の世界である。

当然の事ではあるが公営競技で働く労働者はその殆どが民間人ではなく公務員、もしくは公的な目的のために設立された特殊法人等に属する準公務員である。この彼らの給与や身分が日本の行政システムの中で強固に守られてきたのは皆様もご存知の通り。公営競技の世界でも同様に、競技場の経営状態がどれだけ悪くともそこで働く労働者をクビにしたり、給与減額をすることは難しかった。(もちろん業界側は減額のために一定の努力はしたと主張しているが)

ダブ付いた人員を喰わせてゆく為には、常に事業を拡大する方向で投資を行なうしかない。多くの公営競技は、バブル崩壊と共に需要が縮小する中で、巨大な観客用スタンドの建設や、マルチスクリーンの設置など、市場の実態に合わない無理な投資を続けざるを得なかった。現在、多くの公営競技が赤字となっているのは、バブル時代に肥大した事業を一端整理することなく、ズルズルと拡大路線をとり続けざるを得なかった公営賭博事業の構造上の欠陥にその原因がある。

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賭博を事業として我が国で認可するにあたって、確かにそこに「公共性」は不可欠である。しかし、賭博事業はいわゆる社会インフラとは異なり、常に消費者の需要や嗜好の急激な変化にさらされるサービス産業でもある。このような業態を「公」が完全に受け持つことは同時に、そこから生じる投資リスクや事業リスクを公が負うことを意味する。その結果が「赤字垂れ流し」と批判される、現在の多くの公営競技事業である。そのような公の負うリスクを最小化するために導入されているのが、昨日ご紹介した民間事業者への運営委託スキームであり、すべての公営賭博が公設民営に移行する中でカジノだけが公設公営を目指すなどというのは完全に時代の逆行になる。

まぁ、それ以前に産業出身の人間の立場からすれば、カジノで提供されるサービスは馬券の窓口販売と異なり、高度に訓練されたサービススタッフでなければこなせない。ディーラーやホストなどカジノサービスの中核を担うスタッフを準公務員の立場の方々がこなせるとは思わないし、個人的にそんなカジノに行きたいとは思わない。

11月10日の投稿で「公設民営」という少し特殊な業界概念をご紹介した。
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/644712.html
今回は、それをもう少し詳しく解説したい。

この公設民営という概念はUniversity of Nevada, RenoのWilliam Eadington教授などが唱えているカジノ分類手法の一つ。カジノに関する権能を、試行権(カジノの開設を決断し、その基礎的な運営方針を決定する権利)と運営権(カジノへの開発投資を行い、それを実際に運営してゆく権利)に分け、それを公(国、自治体)と民(企業)のどちらが負うかで実際のカジノを整理してゆくものだ。このように考えると世の中のカジノは以下の4つのどれかに分類されることとなる。

・公設公営
公が試行権と運営権の両方を担う形式。国や自治体がカジノの基礎的な運営方針を決定した上で、公金でカジノを運営する。

・公設民営
公が試行権を握りながら、その投資開発、運営を民間企業に委託する形式。国や自治体のカジノ施設に対するコントロールをある程度維持しながら、投資や運営などリスク部分を民間に負わせることができる。ただし、民間企業にコミッションとして収益部分から一定比率を支払う形となるので、公への収益配分は公設公営と比べて少なくなる。

・民設民営
民がすべてをコントロールするあり方。一般的な業界と同様に民間事業者が自由に事業を営むあり方。

・民設公営
民が施行権を握り、公がそれを運営するあり方。理論上はこのようなカジノもあり得るが、実際にこれを採用するカジノは存在しない。

現在、日本が目指しているカジノ方式はこのうち公設民営のスタイルである。

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このように解説すると非常にややこしく良く判らない概念のように感じるかもしれない。しかし、実は公設民営の賭博事業運営のあり方は我が国においては伝統的に存在しており、それほど珍しいものではない。その判りやすい例が「宝くじ」である。

我が国の宝くじ事業は、「当せん金付証票法」という法律を論拠に運営が行なわれているが、その当せん金付証票法では宝くじ事業の主体となれる団体を以下のように規定している。

第4条
都道府県並びに地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条の19第1項の指定都市及び地方財政法(昭和23年法律第109号)第32条の規定により戦災による財政上の特別の必要を勘案して総務大臣が指定する市(以下これらの市を特定市という。)は、同条に規定する公共事業その他公益の増進を目的とする事業で地方行政の運営上緊急に堆進する必要があるものとして総務省令で定める事業(次項において「公共事業等」という。)の費用の財源に充てるため必要があると認めたときは、都道府県及び特定市の議会が議決した金額の範囲内において、この法律の定めるところに従い、総務大臣の許可を受けて、当せん金付証票を発売することができる。

読むのも面倒臭い条文だが、要するに宝くじを売ることが出来るのは都道府県と全国の政令指定都市のみとされている。しかし、皆さんが実際の宝くじを購入するとき、それが都道府県や政令指令都市から発売されているからといって、宝くじを買いに役所には行かない。街の販売所で宝くじを購入するだろう。実は、これが日本で伝統的に行なわれている公設民営の賭博運営の典型例である。

「当せん金付証票法」では、第6条に以下のように定められている。

第6条
当せん金付証票の作成、売りさばきその他発売及び当せん金品の支払又は交付(以下「当せん金付証票の発売等」という。)については、都道府県知事又は特定市の市長は、銀行その他政令で定める金融機関(以下「銀行等」という。)の申請により、その事務をこれに委託して取り扱わせる。

これも判り難いのでザックリとまとめると、都道府県や政令指定都市は宝くじ事業の実務部分を民間の企業に委託することができるというルールだ。我が国では伝統的に、この業務委託をみずほ銀行が受けており、みずほ銀行はこのルールに基づいて宝くじ事業の販売や換金などの運営実務を行っている。更に言えばそのみずほ銀行も委託を受けたその業務の一部を、他の民間事業者に再委託することが認められている。皆さんが街のいたるところで見かける宝くじの販売所の多くは、みずほ銀行から業務の再委託を受けた民間事業者である。多くは元々街でタバコ屋や酒屋などを営んでいた個人商店が業態転換をしたものであり、当然、各販売所の開業資金はそれぞれのタバコ屋のオヤジが負い、その投資リスクも100%各人が負う。販売所の経営が上手く行かず潰れたとしても、オヤジが泣くことはあっても公にその被害は及ばない。

このような公設民営の賭博運営のあり方というのは、宝くじだけではなくその他の我が国の賭博業態においても同じである。競馬や競輪をはじめとする我が国の公営競技では、2000年あたりを境に一気に各論拠法の改正が行なわれ、民間事業者への運営業務委託が可能となった。少し前に、ホリエモンさんが元気であったころのライブドアが群馬県の高崎競馬場を買収するなどというニュースが大きく報道されたことがあったのを覚えているだろうか?あれも、公営競技の公設民営化の一環だ。同様に現在経営難を抱える全国の多くの公営競技場は民間への運営委託に移行しようとしている。



世の良識派を自称する方々は「カジノ運営に民間が入ってきたら、必ず不正が蔓延する」「組織犯罪が入り込むに決まっている」などと民間運営を前提とするカジノ合法化を批判するが、それは完全に不見識である。私たちが街で毎日見かける宝くじにも、全国で毎週末に行なわれている公営競技にも、とっくの昔に民間企業による運営が導入されている。いまさら「民営だから危ない」などという理屈は成り立たない。公の適正な管理の下で運営が行なわれれば、そこにとてつもない社会悪が生まれるようなことはあり得ないのである。

2006年、当時与党に座にあった自民党はすでにカジノ合法化に向けた法案骨子を作成し、発表している。政権が変わった今、民主党は改めてその対案となるカジノ法案の作成を進めているわけだが、私は今の制度論を拝見して、そこに様々な制度設計上の不備を危惧している。

現在行われているカジノ法制論議における最大の問題であり、同時に完全に抜け落ちている点は、機器やその製造者に関する視点の欠落である。この業界を外から見ている方々にとって、カジノ業界とは多くの場合が施設運営業のみを指す。彼らが「お客様」としてカジノを訪れた場合、当然最初に目に入るのはカジノ施設そのものであり、それを運営している事業者である。そちらに興味の中心が置かれるのは致し方ないことだろう。

しかし、私のような業界出身の人間にとっては当たり前のことなのだが、カジノ業界は施設運営を中心に行なう「オペレータ」と、機器製造を中心に行なう「メーカー」の両輪で動く業界である。その両者はそもそもサービス業、製造業として業態やビジネスモデルが大きく異なる上に、それを規制するために求められる制度の在り方も異なる。法制論議を行う場合には「施設」に掛けるのと同じだけの論議を「機器」に対しても行わなければならない。そういった産業の実態を捉えないまま制度論が進んでいるため、現在の我が国のカジノ法制は両輪のうち片方だけに力点が置かれながら非常に不恰好な形で前に進んでいる。

このような、制度設計上の不備があるままで「見切り発車」してしまうと、日本の風適法下におけるパチンコ産業のように、将来のカジノ産業に様々な不都合が生じることとなるだろう。(風適法は営業だけを取り締まりの対象とした法律であり、機器や製造に関しての規定はない。それがパチンコ業界の抱える多くの問題の原因となっている。)

実は、私自身はこの点を大きな問題と考え、すでにその対策を始めている。近々、その結果をご紹介できるものと思う。

世界200ヵ国以上の観光専門家の投票により観光業界で優れた企業を表彰する「ワールド・トラベル・アワーズ(WTA)」のアジア部門において、マレーシアのカジノリゾート「リゾーツ・ワールド・ゲンティン」が2年連続で最優秀カジノリゾート賞、および最優秀ファミリーリゾート賞の2部門を制した。
http://www.asiax.biz/news/2009/11/10-114744.php

元来マレーシア土着のカジノ事業者であり、ほんの5年ほど前までは国際的な知名度が無かったゲンティン社がスターダムを駆け上ったのが、2005年から2006年にかけて行なわれたシンガポールのカジノライセンス入札。下馬評では当初から有利とされていた米国系カジノ事業者を押しのけ、シンガポール国内で発行された2ライセンスの内の1つを同社が獲得した。またゲンティン社は、時を同じくしてイギリスの名門カジノ事業者であるロンドンクラブ社を買収。一気に国際カジノ事業者として名を馳せた。現在ではフィリピンでもカジノを開業したほか、米国、マカオへの本格進出の噂も絶えず、ゲンティン社はここ数年の業界内で最も飛躍した事業者といって良い。今回の2年連続のWTA受賞も、このような同社の勢いが反映された結果であろう。

特に今回の受賞において大きいと思われるのが、「最優秀カジノリゾート賞」と同時に並み居るアジア圏のファミリーリゾートを押しのけて「最優秀ファミリーリゾート賞」をも同社が2年連続で受賞した点にある。カジノがいわゆる「伝統的な」ギャンブル中心の施設から複合型の総合エンターテイメント施設へと転身を図って久しいが、今回の2年連続WTA受賞のように権威のある団体にファミリーリゾートとして高い評価を受けたのは、私が記憶する限りゲンティン社が初めてではないだろうか。業界人として非常に喜ばしいばかりである。

同時に、世界はすでにカジノをただの賭博施設とは捉えていないという事実が、これで証明された形となる。我々はこの事実を真摯に捉えて、今後の日本におけるカジノ合法化論議の糧とすべきであろう。

ゲンティン社は、来年2月、シンガポールにおいてResorts World at Sentosaの開業を予定している。このカジノはシンガポール初の本格的テーマパークとなるユニバーサルスタジオ・シンガポールの他、ウォーターランドを併設するなど、ファミリーリゾートとしての機能も十分。来年は、マレーシア、シンガポールの同時受賞に期待したい。

ちなみに今回、WTAの日本選出は以下の通りであるが、いずれも国内では有名なホテルばかりであるが最優秀賞の受賞は逃している。日本の事業者にもぜひ頑張って欲しいものである。

Japan's Leading Business Hotel:The Strings by InterContinental Tokyo
Japan's Leading Golf Resort:The Windsor Hotel Toya Resort & Spa
Japan's Leading Hotel:Hotel Seiyo Ginza, A Rosewood Hotel
Japan's Leading Resort:The Windsor Hotel Toya Resort & Spa
http://www.worldtravelawards.com/winners2009-4

最初にお断りしておくが、今日の投稿はちょっと辛口である。私は専門家のスタンスとして、「耳障りの良い言葉」ばかりを吐くことはしないようにしている。耳障りの良い言葉ばかりを並べるのは短期的には相手を良い気持ちにするが、中長期的には決して利を生まない。あえて苦言を呈する事も時には必要なのだ。

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私が地方のカジノ誘致団体の方々の活動の中で、最も間違っていると考えるのは「こういうカジノを作りたい」という「お絵かき」に必要以上に一生懸命になってしまうことにある。

・ここにヨットハーバーを作りたい
・ここにホテルを建てたい
・ここに劇場を作って、あそこにジェットコースターを走らせて・・・

こういった想像をするのは非常に夢広がるものである。(かく言う私も大好きである。) しかし、カジノ合法化→誘致→計画→建設→開業という一連のプロセスの中で、地方に求められる論議はこのような具体的な建設計画を立てることではない。むしろ「なぜ地域にカジノが必要なのか?」「誘致されたカジノにどのような機能(役割)を求めるのか?」この点をより深く突き詰めることが重要である。

地域の誘致団体がどんなにキレイな「お絵かき」をした所で、実際にカジノを建てるのはその投資を行う民間事業者である。数年前に関西の有名大学の建築学者が、日本カジノのイメージを非常にきれいなCG映像で作成し、持てはやされた事があった。私もその発表会には参加したが、そこに私と一緒に同席したカジノ事業者の友人は、冷ややかな目で私にこんなコメントをした。「これだけ詳細な図面まで引いて、あの学者は自分でカジノ開発をするつもりか?」と…

繰り返しになるが、地域の誘致側がどんなキレイな絵を用意しようとも、最終的な開発計画を描くのはその開発を担当し、投資リスクを負うこととなる民間事業者である。一般的に業界内で「公設民営」と呼ばれている公民間の役割分担の原則を忘れてはならない。

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カジノ導入は地域の誘致側にとっては「手段」であって「目的」ではない。誘致側が今、やるべきことは、地域が抱える根源的な課題を徹底的に論議し、その解決のためにカジノがどのような役割を負っていけるのか(or いけないのか)を突き詰めること。それさえキッチリと決まってしまえば、「どこに、どのようなカジノを建てるべきか」という大枠は自ずと判明してくる。そこから先は、民間事業者の創造力と開発力を大いに利用すべきである。

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