カジノ合法化に関する100の質問

日本で数少ないカジノ専門家、木曽崇によるオピニオンブログ

前回のつづき

シンガポールは新設する2つの複合型リゾートの開発地域を、シンガポールの都心に面する埋立地(マリーナベイ)、および国内最大のリゾート島であるセントーサ島の2地区に定め、それぞれに以下のような開発基本要件を付加した。

複合型リゾート1:
マリーナベイにおける複合型リゾート開発は、アジアの中核都市であるシンガポールの近代都市のイメージをさらに増幅させるような現代的な建築でなければならない。また、その開発はシンガポール政府の定める都市開発計画に則って開発が行なわれなければならない。

複合型リゾート2:
セントーサ島における複合リゾート開発は、観光客に「訪れるべき必要性」を見出させるような大規模かつ象徴的な開発でなければならない。その開発はファミリー観光客に圧倒的な余暇体験と娯楽を提供するようなワールドクラスの複合型トロピカルリゾートであることが望ましい。また本開発は、観光資源の魅力とその選択肢を増幅させようとするシンガポールの観光政策において重要な要素となっており、新たな観光投資を誘発するようなものでなければならない。

このような開発要件を定めた上で、シンガポール政府は世界中の開発事業者に対して具体的な開発案の提出を求める入札を開催し、最も優秀な開発投資計画を建てた企業に対してシンガポールにおける2つの複合型リゾートの開発運営権を付与することを宣言したのである。



通常の民間商業施設開発において行政側が上記のような形で詳細に投資要件を定めることは、民間企業の経済活動の自由を奪うものとなってしまうため難しい。消防法や建築基準法、もしくは景観条例のような最低限のものを除いて、自分で投資リスクを負って事業を行う民間開発に対して、行政側からいちいち注文を付けられたら事業者はたまったものではないだろう。

しかし、数量限定のライセンス制度を採用することの多いカジノ業種では、プロジェクト評価型の競争入札(総合評価型競争入札)を行なうことで、その投資のあり方に一定レベルのコントロールを付加することが出来る。何よりも行政側は「どうあるべきか」という基本コンセプトを決定してしまえば、あとは世界中から集められた優秀な民間業者達の企画力や創造力を最大限に活かしながら、最も地域に相応しいと思われる具体的な企画案を選べばよい。その上で、さらに開発に必要となる投資リスクまでもを民間企業に負わせることができるのだ。そのための「呼び水」となっているのが、カジノの開発運営権というわけだ。

かくしてシンガポールでは2つのカジノ開発運営権を巡り、世界各国から約20の開発事業者が集まり、それぞれ2000億円から4000億円クラスの複合型リゾートの開発案を提出。複数回の選考を経た上で最も高い評価を受けた2つの開発投資案が採用されることとなった。

次回へつづく

前回のつづき。

シンガポールが旧来から持っていた都市観光、臨海リゾートの2観光資源は、どちらも目的・滞在型となり得る観光資源である。しかし、それが旧来の周遊型観光から目的・滞在型観光資源へと昇華するためには、一定の条件が必要となる。



例えばニューヨークを観光で訪れるとして、もしその目的が「エンパイアステートビルに登って、メトロポリタンミュージアムを観て、グランドゼロを訪問して…」と、それぞれの具体的な観光施設に焦点が当てられている限りは、これはあくまでも旧来型の周遊型観光となってしまう。その種の観光客はツアーを組んでそれぞれのチェックポイントで写真を撮ったらお仕舞い。2度とニューヨークを訪れることは無いだろう。

一方で、観光客の訪問目的が「毎晩ミュージカルを観劇し、その後、市内に点在するライブハウスやクラブを散策しながらニューヨークという『街』が持つ文化やエネルギーを感じ取りたい」というものとなった場合、それは目的・滞在型観光となる。この種の観光客は恐らくニューヨークに数日に渡って長期滞在をし、特に目的も無く街を散策する。また、その趣味嗜好が継続する限り、毎年のように同じ街を訪れることだろう。

上記2つの例を分けるポイントとなるのが、そこに「特別な体験」があるかどうかという点である。どれだけ沢山の周遊型観光を取り揃えた所で、そこでしか得られない価値、圧倒的な感動、もしくはその観光を象徴する普遍的な観光シーン(イメージ)が無ければ、同じ場所に長期で滞在し、繰り返しそこを訪れる「観光動機」は生まれない。

しかし、この種の観光開発が決して簡単なものではないのは以前の投稿でも論じたとおりである。
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/642179.html



観光客を地域に長期滞在させるためには強力なコンテンツ(観光資源)が必要となる。普通はこれを探す事自体も難しいのだが、幸いにもシンガポールには都市観光と臨海リゾートという2つの観光資源があった。しかし、現行のシンガポールにおける両観光資源は周辺観光地との競争に勝ち抜くだけの競争力は持っていない。それを他にはない「特別な体験」にまで引き上げるためには、それなりの大きな原資(財源)が必要となる。

しかし、どの国も同じだが、それはリスクを伴う莫大な投資であり、公金でそれを賄うことはできない。税金をなるべく使わずに目的・滞在型資源を開発する原資を得たい。通常ならばなかなか難しい注文だが、それを可能にする数少ない手法のひとつが、シンガポール政府が採用したカジノツーリズムとその他の観光資源との連携だったのである。

つづく

前回のつづき。

カジノ自体が非常に強力な旅客吸引力を持った観光資源であるということは、前回の投稿で論じた通り。来年初頭にシンガポールで開業予定の2つのカジノでは年間各1500万人ずつ、両施設併せて約3000万人の入場客数を見込んでいる。この数字は、我が国最大のテーマパークである東京ディズニーランド&ディズニーシーの2軒併せて2500万人という入場客数を遙かに上回る予測値。しかも、東京ディズニーランド&ディズニーシーの入場客数は1億3千万人という我が国の人口が前提としてあってのものである。人口約450万人程度しかないシンガポールにおいてこの数字を上回るとすればその大半は海外から集客されることとなる。カジノツーリズムの旅客吸引力が、如何に大きなものであるかお判りに頂けることだろう。



しかし、カジノ合法化政策におけるシンガポール政府の思惑は、このような単純なカジノツーリズムの振興だけには留まらない。シンガポール政府はこのカジノ導入を利用して国内の既存レジャー観光資源の底上げも同時に行なった。これが、シンガポールが「世界で最も優秀なカジノ合法化国」と評価されるひとつの理由である。

シンガポールにおける既存のレジャー観光資源は基本的に2つ。世界有数の高密度都市国家としての都市観光(アーバンツーリズム)と、東南アジアの常夏の気候を活かした臨海リゾートである。しかし、近年におけるシンガポールは都市観光において香港に抜かれ、臨海リゾートとしては近隣の東南アジア諸国に抜かれと同国観光資源の国際競争力低下が著しかった。もちろんその間にも、政府は各種博物館や動物園の再開発など観光資源拡充への投資を怠っていた訳ではないが、これらはいずれも旧来型の周遊型観光施設である。そのような小手先の観光施設の開発では、シンガポールが直面している観光競争力の地盤沈下を留めるには到らなかった。政府には観光政策の基本概念そのものを、抜本的に組みなおすことが早急に求められたのである。

そこで政府が考えたのが、もう一度基本に立ち戻り「都市観光」「臨海リゾート」という2つのシンガポール観光資源を、国際的に競争力を持った新しい「目的・滞在型観光資源」へと昇華させる施策であった。そしてその為のひとつの手段として利用されたのが新設される「カジノ」である。

カジノツーリズムを超えた先に、さらなるニューツーリズムを創出する。

これがシンガポール政府が苦心の末に捻り出した新しい観光施策の方向性であり、「世界一厳格な道徳国家」と呼ばれ、カジノの持つイメージとは対極にある同国がカジノ合法化へと動き出した原動力となったものである。



シンガポールシリーズもいよいよ佳境に到りました…つづく。

昨日のつづき。

シンガポール政府が振興を掲げている医療観光、教育観光はいずれも強力かつ成長期待度の高いニューツーリズムの一分野ではあるが、残念ながら観光需要全体に占めるその比率は決して大きくはない。やはり観光振興政策の中で「本丸」となるのは全観光需要の中の大部分を占めるレジャー観光であり、そのレジャー観光分野における振興政策の目玉としてシンガポール政府が掲げたのがいわゆるIR構想である。



IR(アイアール)とは、Integrated Resort(複合型リゾート)の略称であり、シンガポールで来年開業するカジノを含んだ大型リゾート施設を指す。単純な賭博施設として誕生した伝統的なカジノが、ホテル、レストラン、ショッピングセンター、劇場、コンベンションセンターなどを取り込みながら大型の複合商業施設として発展したのは皆さんもご存知のとおり。1990年代まではこのような複合カジノ施設はラスベガス特有のものとして「ラスベガス型カジノ」などと呼ばれていたが、それが徐々にアメリカ全土に広がったことで「アメリカ型カジノ」などと呼ばれるようになった。しかし、それがさらにシンガポール、マカオをはじめとして世界中に広まった現在では、このようなカジノ施設を複合型リゾート(IR)と呼ぶのが通例となりつつある。

このように高度に複合化して発展したカジノは「大人のディズニーランド」などとも称され、もはやギャンブルだけを提供する交遊施設ではなくなっている。ギャンブルは勿論ひとつの構成要素ではあるが、そこで提供されるハイクオリティな宿泊サービスや料飲サービス、高級ブランドショップの立ち並ぶショッピングセンター、劇場で毎晩行なわれるエンターテイメントショーなど、そこに存在するすべてのサービスを通して「特別な体験」を提供する一種のテーマパーク業に近い業態となっている。現在、世界ではカジノが提供する「特別な体験」を求めて多くの大人達がレジャー観光を行なっており、ラスベガスには年間およそ3700万人、マカオには年間およそ3000万人の観光客が訪れる。このカジノを中心とした観光は「カジノツーリズム」と呼ばれ、現在、世界で最も急成長しているニューツーリズムの一分野として注目を集めているのだ。

つづく

前回のつづき。

目的・滞在型観光資源は「ニューツーリズム(新しい観光資源)」とも呼ばれ、我が国でもその推進が急務とされている観光資源であるが、実はその具体的な指針は未だ示されていない。国土交通省は平成19年からニューツーリズムの推進を今後の我が国の観光施策の大命題として掲げているが、いまのところ「実証実験」と称してモデル事業の募集を行いノウハウを蓄積中だという。何ともノンビリした話である。

例えば国土交通省が平成20年度に募集したモデル事業は以下のサイトで見ることができる。

平成20年度「ニューツーリズム創出・流通促進事業」の実証事業採択について
http://ogb.go.jp/okiunyu/info/200606.pdf

これを見ると、結局、我が国における多くのニューツーリズムの開発がエコツーリズム(自然観光)や農業観光などの開発に傾倒していっていることがわかる。エコツーリズムや農業観光はテーマ的に無難であり目標として掲げやすいのは判るが、観光客の消費金額の増大という根源的な課題からこれを見た場合、「山歩き」や「田畑の耕作」を楽しんで貰う事でどれ程の消費がその地域に落ちる事を期待しているのか?

その他、上記リンク先の書類に示されている国土交通省のモデル事業は、どれもこれも観光客が積極的に「消費」を行なうイメージが沸かない。詳細をみて頂ければ皆さんも同じ感想を持つことと思うが、地域の町内会活動に毛が生えたレベルの事業企画も散見され、国土交通省が「国家戦略」として取り組むニューツーリズムの創出としてはあまりにもお粗末だ。



その点、シンガポール政府は非常に大胆かつ狡猾である。前述の通りシンガポールは1995年に掲げた交通政策に偏った観光産業施策によって大きな政策上の失敗を犯した。これはリー・シェンロン首相自身もその公式演説の中で明確に認めた事実である。しかし、シンガポール政府は2005年にその観光戦略を180度転換し、私がいうところの「集める施策」から「お金を使わせる施策」へと、その政策の軸足を大きく移した。その主軸となったのがやはり目的・滞在型観光資源の拡充である。

しかし、シンガポールの目的・滞在型観光資源開発は我が国のそれとは異なり、非常に野心的かつ戦略的である。2004年に発表された同国の観光振興計画「Tourism2015」では、その重点課題をビジネス観光、サービス観光、レジャー観光の三点に絞り、それぞれの分野において以下のように具体的な目的・滞在型観光資源の開発を強化することを宣言している。

1.ビジネス観光分野:
  ・MICE誘致
2.サービス観光分野:
  ・医療観光の振興
  ・教育観光の振興
3.レジャー観光分野:
  ・総合リゾート開発 (シンガポール複合リゾート&カジノ構想)
  ・ショッピングセンターの再開発

展示会や国際会議などを中心にビジネス旅客を集めるMICE誘致は、東南アジアのビジネスセンターを自負する同国にとっては必要不可欠な要素である。シンガポールの高度な医療技術を軸に治療・療養顧客を集める医療観光は、先進医療大国を目指す同国の科学技術政策にも合致する。また短期留学生の誘致などを中心とした教育観光の推進は、東南アジアで最高水準といわれる同国の教育制度と英語・中国語・ヒンズー語などの多言語文化圏である同国の強みを活かした観光戦略である。上記の観光分野のどれもこれもが今後の成長が期待される分野であるのと同時に、同国の強みと国家戦略と合致した大きな「消費」を期待できるニューツーリズム分野ばかり。「国家戦略」としてのニューツーリズムの開発とは、かくあるべきだ。

そして最後に残されたレジャー観光分野における消費拡大施策の目玉として、シンガポール政府が掲げたのが総合リゾート開発、同国ではIR(Integrated Resort:複合リゾート)構想と呼ばれる国家的な一大プロジェクトであった。



やっと本題のカジノにまで論議が発展した…。次回へつづく。

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